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カシミール問題

1947年のインド、パキスタンの分離独立以来、カシミールの帰属をめぐって続いている両国問の紛争で、独立時にカシミールの藩王はインドへの帰属を表明しましたが、圧倒的な住民はパキスタン帰属を希望して反乱を起こしました。これにパキスタン、インド両軍が介入し、大規模な武力衝突に発展しました。48年初め、国連の調停で一応休戦となりましたが、65年まで国連安保理は5度に渡って住民投票による帰属決定について勧告しましたが、インド側はこれを拒否するばかりか、57年にばカシミールを自国に併合してしまいました。印パ両国の緊張関係が続いているところへ、65年8月パキスタンの武装ゲリラがインド側カシミールに侵入したことから、48日間に渡り大規模な武力衝突が再発し、両国間の本格的戦争の様相さえ呈しました。8月22日、国連安保理事会の停戦決議を両国が受諸し、停戦の運びとなりました。66年1月、ソ連のコスイギン首相の仲介で、両国首相がタシケントで会議、タシケント宣言を発し紛争の平和的解決を表明しましたが、紛争の根本原因はなに一つ解決されえわけではなく、71年末の第三次印パ戦争でもインドがパキスタン側の一部を占領したことによって、間題はより複雑となってました。

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