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ビアフラ紛争

ビアフラ紛争とは1967年から70年のアフリカ最大の国ナイジェリアで起った種族間紛争の事を言います。ナイジェリアは、従来イギリスの分割統治も加わって北都州のフラニ、ハウサ族、西部州のヨルバ族、東部州のイボ族の支配層の間で種族紛争が絶えませんでした。66年1月のイボ族出身の若手将校のクーデターによる従来の北部のハウサ、フラニ族支配層中心の連邦政府の転覆、クーデター鎮圧によるイポ族出身のイロンシ将軍一派の権力独占は種族紛争を新たに燃え上がらせることになりました。7月の北部少数民族出身のゴウオン将軍の逆クーデター、9月の北部のイボ族居住者に対する三万人大虐殺、200万人のイポ族住民の東部州への逃亡へと事態は急展開し、イボ族の分離主義を高め、66年5月ついに東部州のイボ族指導者オジュク中佐はビアフラ共和国の分離独立を宣言しました。これに対してゴウオン連邦政府は、武力鎮庄を決走し、67年7月から血なまぐさい内戦が始まりました。戦局はイギリス、ソ連の軍事援助を受けた連邦政府軍に有利に展開し、70年1月中旬、ビアフラ軍の降伏によって紛争に一応の終止符が打たれました。この間外部から補給を断たれたうえ、運邦政府軍の無差別爆撃をうけたビアフラは、200万人の犠牲者を出したと言われます。紛争後ゴウオン政府は民族融和政策をとっていますが、戦大の中で燃え上がった種族対立の感情は根強く、紛争の全面解決への道は遠くなりました。

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